8.腹腔鏡について教えて下さい |
腹腔鏡(Laparoscopy)はいわゆる内視鏡の一種で、臍部周囲から内視鏡カメラを挿入して腹腔内を観察するためのものですが、近年は腹腔鏡による手術法も進歩して、外科系では胆のう切除や早期胃癌、早期大腸癌の手術などにも用いられるようになり、産婦人科領域でも不妊症の人の検査を初め、卵巣嚢腫や子宮外妊娠、子宮筋腫や子宮癌の手術までにも用いられるようになってきました。 通常は全身麻酔下で行います。お腹の中に炭酸ガス(もしくは空気)を入れて膨らませるか(気腹法)、あるいはお腹を吊りあげる機械を用いてお腹をつり上げる方法(腹壁つり上げ法)で腹壁を持ち上げておき、臍下から腹腔鏡を挿入します。このさい、同時に手術操作に用いる器具を挿入するための5〜10ミリの切開を左右2カ所に必要とするのが一般的です。(左の図のマル1と2です) 卵巣嚢腫を体外へ出して手術する場合には左図のマル3のように恥骨上に横切開を入れることもあります(後述)。 |
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上のイラストに腹腔鏡の基本的システムについてを示しました。 では、以下に各種疾患に対する具体的な対処について、代表的なものに絞って説明しましょう。 |
腹腔鏡で行う不妊症の検査では、子宮内膜症の所見がないかどうか、卵管や卵巣に癒着や嚢腫などがないかどうか を確認するのが第一の目的となります。特に、いろいろ検査をしても不妊症の原因が確定できなかったケースでは、腹腔鏡を行うことによって約半数の人に子宮内膜症が見つかるというデータもあるため、不妊症においては大事な検査といえるでしょう。 |
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腹腔鏡で確認される癒着 子宮内膜症で見られる主な所見 |
また、インジゴカルミンという色素を用いた卵管通過性の試験がありますが、これは経膣的に子宮から色素を注入して腹腔内へ流出してくるかどうかを見るもので、子宮卵管造影検査を行わずともこの検査でも十分に通過性を見ることが可能ですし、途中で詰まっている場合には色素がどこまで流れてきているかを肉眼で確認することで卵管形成術を行う場合の目印とすることもできます。 子宮内膜症に対しての腹腔鏡手術の具体的方法ですが、癒着に関してはレーザーもしくは電気メスを用いて剥離を行い、癒着によってじん帯が短縮している場合(仙骨子宮じん帯など)は癒着部分を切断することでじん帯が牽引されているのを解放します。組織剥離による出血はレーザーや電気凝固で止血が可能ですが、太い血管を損傷してしまった場合はループ状になった糸をかけて止血を試み、それでも止血できない場合には開腹して止血します。 |
右の写真は、実際に腹腔鏡で腹腔内を観察したものです。 子宮と卵管、卵巣、そして腸管との間に膜状の癒着が起こっているのがはっきりとわかります。 このような癒着は子宮内膜症、子宮付属器炎(クラミジア、淋病、大腸菌や結核菌などが原因となって起こる卵管や卵巣などでの炎症性疾患)などでよく見られるものです。 超音波や内診では、なかなかこのような癒着を発見することはできないもので、腹腔鏡を行ってみて初めてわかるものと言っても良いでしょう。 |
なお、チョコレート嚢胞のアルコール固定術に関しては、こちらに詳細があります。
子宮内膜症についての詳細を知りたい方はこちらへどうぞ。
子宮外妊娠の場合、そのほとんどのケースが卵管妊娠です。 最初に、最も一般的と考えられる方法ですが、これは子宮外妊娠を起こした側の卵管を摘除する方法です。 |
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次に、これもケースによってですが、下のイラストのように子宮外妊娠した部分の卵管にレーザーないしは電気メスで切開を入れ、そこから外妊部分を摘出したあと卵管を縫合する、という方法もあります。しかし、この方法では出血がひどくなりやすいこと、縫合を行っても止血がなかなか思うようにいかないことなどもあり、卵管が破裂して腹腔内へ大量出血しているケースには不適であると言えるでしょう。 またこの方法はマイクロサージェリー(顕微鏡下)による卵管形成術とは異なり、きちんと卵管を元通りに戻すものではないため、同じ部分でまた再び子宮外妊娠を起こす可能性も否定できません。それでも卵管を摘出してしまえば患側の卵管では妊娠が望めなくなってしまいますから、どうしても卵管を温存する必要がある場合に選択すべき方法であると言えるものでしょう。 |
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腹腔鏡で子宮外妊娠を手術する方法は、まだまだ一般的に普及している方法ではありません。腹腔鏡自体がまだ一般的には普及していないこと、ある程度のトレーニングが必要な手術であることなどがその要因であるといえるでしょう。したがって、子宮外妊娠は一般的には開腹して手術を行うのが普通であると考えておいた方が良いものと思います。 最初にもお話ししたとおり、子宮外妊娠は卵管に妊娠し破裂して、腹腔内へ大量出血を起こしているケースが多く、よって緊急的手術となることの多い疾患であることは間違いありません。このため、手術は一刻を争うものでありますし、ケースによっては輸血を必要とするものもあることは事実です。腹腔鏡による手術は開腹手術に比べると時間がかかるのが普通ですから、したがって緊急手術としては腹腔鏡による手術はまだ不向きなものと考えておいた方が良いのは間違いのないことです。 よって、腹腔鏡で手術できる子宮外妊娠は、まだごく限られたものであると考えておいた方が良いでしょう。 |
内容が充実性のものではない卵巣腫瘍、いわゆる「卵巣嚢腫」の場合、強固な癒着がなく腹腔内での可動性が良好であれば、腹腔鏡により根治的手術を行うことができます。
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「穿刺針」と記載しましたが、通常はサンドバルーンという針の先端近くに二つのバルーンが並んでふいている穿刺針を用いるのが普通でしょう。サンドバルーンの構造は下のイラストに示した通りです。 これを右のイラストのように、卵巣嚢腫に穿刺して、中でバルーンを一つ、嚢腫の外でも一つバルーンを膨らませて嚢腫壁をはさみこみ、この状態で嚢腫の内容を吸引して嚢腫を縮小させます。ある程度縮小してからこの状態のまま穿刺針を引き抜いてくると、嚢腫をそのまま体外へ引きずり出すことができます。(一番下のイラスト参照) |
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嚢腫を体外へ娩出したら、膨らませておいたバルーンを元に戻し、穿刺針を抜きます。この穿刺した穴を拡げて嚢腫を形成していた袋状の嚢腫壁を摘出し、残った正常な卵巣の部分を縫合して腹腔内へ戻してやれば、嚢腫核出術は終了です。 この手術過程を見るとわかると思いますが、もし嚢腫が子宮や骨盤漏斗じん帯、卵巣固有じん帯あるいは腸管などと癒着していると、体外へ嚢腫を娩出することができないためこの体外法で手術することが不可能、ということになります。したがって、最初に腹腔鏡でそういった癒着がないかどうかを確認しておくことが大事なことになりますね。 嚢腫がまた、内容を吸引できないものである場合(かなり古くなって泥状になったチョコレート嚢腫、固形成分が主体の奇形腫など)でもこの方法は不適となります。 |
腹腔鏡を持ちいての子宮筋腫の手術は、現在はごく限られた施設(大学病院など)でしか行われていません。この手術はかなりのトレーニングを要しますし、出血が多くなった時の対処も今まで述べた手術より以上に厳しいものとなります。場合によってはすぐに開腹手術に切り替える必要も出てくるでしょう。また同じ子宮筋腫でも腹腔鏡を用いての手術は適応が限られるものでもありますから、したがって、腹腔鏡による筋腫の手術はかなり特殊な手術方法であると理解しておいた方が良いでしょう。 |
腹腔鏡下膣式子宮全摘術(LAVH)これは、腹腔鏡によるアシストを行いながら膣式に子宮全摘を行うものです。右のイラストのように、腹腔鏡下に円じん帯や卵巣固有じん帯を結紮・切断することで、膣式子宮全摘手術をより行いやすい・より確実に出血をさせない手術とするものです。 |
腹腔鏡下筋腫核出術(LAM) これは腹腔鏡下で筋腫核の核出術(筋腫のコブだけを摘出する手術)です。 |
筋腫核を摘出したら、子宮の切開を入れた部分を縫合し、摘出した筋腫核を取り除きます。 |
以上が、おおまかな腹腔鏡による手術方法です。 なお、最近は「日帰り手術」と言っても良いほどに入院期間が短くて済むようになってきましたが、それでも腹腔鏡手術は全身麻酔が必要な手術です。どれだけ痛みが少なく、また術後どれだけ快調な経過であっても、少なくとも術後1週間は無理は禁物、何が起こるか分からないと考えておいた方が良いでしょう。 |
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