レディースホームFAQI.妊娠中の異常について

13.ATLという病気のため母乳栄養を禁止されたのですが、なぜでしょうか?

 

 まず、ATL(Adult T-cell Leukemia;成人性T細胞白血病)という病気について説明いたしましょう。
この病気は西日本、特に九州沖縄地方に多く見られるという特徴があり、世界的に見ても最もキャリアが集中している地域となっています。病原体はヒトレトロウイルスに属するHTLV-1(Human T-Lymphotropic Virus type 1)というウイルスで(エイズウイルスもレトロウイルスに属しますが、HTLV-1とは別種のウイルスですので混同しないようにして下さい)、輸血、性交、母乳栄養により感染することが知られています。このウイルスに感染した人は「キャリア」と呼ばれますが、実は感染してもすぐに発症するものではなく、病名の通り成人した後になって発症するものであり、またその発症する率もかなり低く、キャリアのうちのおよそ5〜10%程度であると報告されています。
 キャリアからATLを発症する場合は、幼少時に母乳を介して母親から感染を受けたHTLV-1キャリアのみであるとされ、成人してからの感染(輸血や性行為による感染)の場合にATLを発症するのは、白血病治療中や移植後などにより特別な免疫不全状態にある場合に限られると言われています。
 発症は主として高齢になってからと考えて良く、また先述のように発症頻度は5〜10%とかなり低いものですが、しかし残念なことに一度発症してしまうとその治療成績は思わしくなく、骨髄移植、インターフェロンの使用などによる治療法が進歩しているのにも拘わらず、現在でも発症後2年以上生存する人はほとんどいないというのが現状です。

 さて感染経路に関してですが、まず輸血による感染はスクリーニングの徹底によってほぼ消滅しつつあると言えます。性交による感染では、夫婦間においての感染率でさえ約20%であると言われており、それほど高い感染力があるとは言えません。
 従って、 現在最も重要視されている感染経路は母乳を介しての感染です。

 最もHTLV-1キャリアの多い長崎県における調査で、HTLV-1キャリアの母親の母乳によって児に感染するのはおよそ20%であることが報告されており、人口栄養児における感染率が3%であるという結果(恐らくこの感染は出生時の何らかの原因による感染であり、母乳による感染ではないと考えられています)とあわせて考え、母乳による育児を禁じることによりほぼHTLV-1の感染経路を断つことができるものと考えられています。
 母乳を56℃・30分の加熱、あるいは-20℃で12時間凍結することにより、ウイルスを死滅させることができるので感染率を下げることが可能である、という報告もありますが、この方法でも「直接母乳をあげる」わけにはいかないことに変わりはありません。母乳哺育を完全に諦めるか、それとも母乳を処理した上で与えるか・・・それはあなた自身が選択すべきことだと考えて良いでしょうね。

 母乳哺育によって育てたいという気持ちはわかりますが、もし万が一子供がHTLV-1キャリアになってしまった場合、いくら発症する率が低いとは言ってもやはり母親としては以後の人生で相当の苦しみを味わうことになるのは間違いのないことでしょう。
 子供に対するあなたの考え次第であるとも言えることではありますが、やはり余計な苦悩を背負い込んで辛い人生を送るのは避けるべきではないでしょうか。